はじめに:誰が閘北に名を残したか
一つの「密度」の問題
閘北の面積は上海のほんの一部分にすぎないが、そこに名を残した人の密度は驚くほど高い。
理由は難しくない。閘北は 1900—1937 年のあいだ、上海の工業の中心、文化の中心、 交通の要衝、そして革命の最前線を同時に兼ねていた。 この四つの顔は、それぞれ別の種類の人を引き寄せる。
| 顔 | 引き寄せた人 | 本書の収録 |
|---|---|---|
| 交通の要衝 | 政客、革命家、旅客 | 宋教仁(ソン・ジャオレン)(北駅で暗殺される) |
| 文化の中心 | 出版人、芸術家、作家 | 呉昌碩(ゴ・ショウセキ)、張元済(ジャン・ユエンジー) |
| 革命の最前線 | 労働者指導者、共産党員 | 汪寿華(ワン・ショウホア)、毛沢東(マオ・ズードン)、蔡和森(ツァイ・ホーセン)、向警予(シャン・ジンユー) |
| 抗戦の戦場 | 軍人、将領 | 謝晋元(シエ・ジンユエン)、蒋光鼐(ジャン・グアンナイ)、蔡廷鍇(ツァイ・ティンカイ) |
収録の基準
本書が人物を選ぶ基準は三つあり、その一つを満たせば収録する:
- 閘北に実体のある遺跡を残した(墓、故居、旧址、記念館);
- 閘北で、その一生の方向を決めた出来事が起きた;
- 閘北の地名にその人の名が書き込まれている、あるいは直接関係している。
だから本書が集めたのは「閘北の歴代の有名人」(それでは長くて退屈な名簿になってしまう)ではなく、 「閘北と人との交点」——一つの場所と一人の人が互いを定義し合う、そういう関係である。
八篇の構成
| # | 人物 | ひとこと | 章 |
|---|---|---|---|
| 1 | 宋教仁 | 閘北に眠る「憲政の父」 | 読む |
| 2 | 謝晋元 | 四行倉庫の孤軍団長 | 読む |
| 3 | 呉昌碩 | 吉慶里で最後の十四年を過ごす | 読む |
| 4 | 張元済 | 商務印書館を「平地から山」にした人 | 読む |
| 5 | 汪寿華 | 26 歳で四・一二前夜に倒れた総工会委員長 | 読む |
| 6 | 毛沢東、蔡和森、向警予 | 三曽里のあの「大家族」 | 読む |
| 7 | 蒋光鼐、蔡廷鍇 | 閘北で一・二八の第一銃を放った人 | 読む |
| 8 | 群像 | 通りの名の背後にある人と事 | 読む |
一つの提案
この八篇は続けて読んでも、飛ばし読みしてもよい。だが時間が限られているなら、 時間の順序で一度通して読むことを勧める。すると一本の明確な線が見えてくる。
宋教仁(1913)→ 呉昌碩(1913—1927)→ 張元済(1902—1932)→ 毛沢東たち(1923)→ 汪寿華(1927)→ 蒋光鼐、蔡廷鍇(1932)→ 謝晋元(1937)
三十年。民初の希望から、抗戦の血と火まで。
この線を辿り終えれば、一つのことが分かる。閘北はこれらの出来事を「たまたま」目撃したのではない。 それはあの年代に、これらすべてのことが起きた「同じ一つの場所」なのである。
あの駅に倒れた人から、始めよう。